日本財団という団体があります。様々な社会課題を解決することを目的として活動しています。この日本財団が2025年、いわゆる「親なきあと」に関する全国的な意識調査を実施し、2026年2月にその結果が公表されました。

「親なきあと」とは障がいがあるお子さんの親である方が、自分に介護が必要になったり病気で入院したり、あるいは亡くなったりした後にお子さんの処遇がどうなるのか、といった大きな社会問題の一つです。

 特に知的障がいや重度障がいなど、周囲の支援者に自らの希望や要求を伝えることが難しい方の場合、「親なきあと」について自身で判断し動くことがしづらいため「ではどうすれば良いのか?」といった議論があります。そして意外に思われるかもしれませんが、これは比較的新しい社会課題です。知的障がいがある方は昔から存在していたのに。それはなぜでしょう?

 少し悲しいに話になりますが、以前、知的障がいがある方は高齢になりづらい、という考え方がありました。日本で高齢者と言われる65歳を迎える知的障がい者が少ない、ということを意味します。厚生労働省の「年齢階級別全国統計」を見ると、1990年には知的障がいがある方の総数のうち60歳以上の割合は4.1%でした。当時、約96%の知的障がいがある方が60歳を前にして亡くなっていた、というこです。

 知的障がいがある方の寿命がなぜ短かったのか。それには様々な背景があり、知的障がいを併発するそもそもの主症状(先天的な病気など)の影響で短命で終わってしまう例ももちろんあるのですが、知的障がいの特性が長寿を妨げている、という見方もあります。例えば自分の気持ちを表現しづらいため周囲に体調不良に関する相談ができない、体調不良そのものに対する知識が不足している、感染症等への対応が難しい(感染症流行時のマスク着用など)、食生活の偏り(好きなものだけ食べてしまうなど)、運動不足になるなどのようなことから病気にかかりやすかったり病気の発見が遅れたりし、結果的に早期に亡くなってしまうという考え方です。

 また、仮に病気の早期発見が可能になっても、知的障がいの特性から医療側が容易に受け入れたり治療をしてくれたりしない、という事情もあります。当たり前ですが良心的な医師、病院は数多くありますが、知的な障がいがある方々から問診(口頭で体の状況をやり取りする)することが難しい場合があり、また単独での入院が難しいこともあり、受け入れできないとする病院もあるようです。

 学校を卒業し福祉施設に通い始めると、児童生徒だったころに比べれば運動量が格段に減ります。健康診断の機会がない場合もあります。企業への障がい者雇用であれば社内の健康診断を受けることもできますが、それでも運動不足の解消はなかなか難しそうです。私の社団法人が障害者スポーツの普及を目的に活動している理由の一端もそこにあります。

 このような事情から20世紀の知的障がい者の高齢化率はとても低かったのですが、21世紀に入り医療がどんどん発達し、また福祉制度もより充実し、障がい者の社会参加も進んでいることから2016年の厚労省の調査では知的障がいがある方の総数のうち、65歳以上の方が15.5%であるという結果が出ています。1990年の3倍以上ですね。しかし、それでも現在の全人口のうち29.3%が65歳以上であることを考えると、その健康管理のあり方にはまだまだ大きな問題が残っていると思います。

 65歳以上の方の率が5%以下だった1990年当時に「親なきあと」が社会問題化しなかった背景にはまだいくつかの理由があります。当時「親なきあと」の障がい者は多くの場合、障がい者入所施設に入ることになっていました。いまのグループホーム制度が登場したのは1989年です。障がい者だけではなく高齢者についても老後は施設か病院、または在宅かの三択で「地域で共に暮らす」という発想は少なかったと思います。だからこそ「親なきあと」にどうすれば良いか、といった問題が表面化しづらかったのでしょう。

 当時、欧米などの先進諸国では「施設から地域へ」を合言葉に、社会的弱者を入所施設に一律に収容するのではなく「地域で共に暮らす」ことをめざそうとする風が吹いていました。日本もこの風に乗り20世紀の終わりころには社会福祉基礎構造改革が始まり「地域福祉」の考え方が広がりました。

 それまでは地域であまり見かけることがなかった知的障がいのある方の社会参加が進み、入所施設は廃止されたり新設できなくなったりましたが、代わりにグループホームが爆発的に増加し2023年度には全国で12000カ所を超えました。ただし、当時の障害者手帳の所持は約1160万人、そのうちの知的障がい者の数は約109万人であり、この数だけをとってみてもグループホームの数が不足していることは一目瞭然です。

 そしてグループホームが作りやすくなった反面、そこで働く方の資質が問われる事態も発生し始めました。自治体から入居者の食費として受給していた金銭を職員の給与に充て、入居者にまともな食事を提供していなかった事業所はその後、閉鎖を余儀なくされました。このような人権侵害が起きているケースがいくつか報道されています。

 「施設から地域へ」の考え方が浸透し、障がい者のグループホームは数を増やしましたがそれでも充足されることはなく、さらに職員の質の問題も表面化しています。親がいざというときのために子に資金を残すことも必要とされていますが、お金だけ残せば解決する問題でもありません。

 冒頭の日本財団の調査については次回、触れたいと思います。

以上