子どもの心の病を治療する診療科を児童精神科といいます。日本児童青年精神医学会(社団法人)のウエブサイトによれば、同学会が認定する医師は2025年4月で全国に758名いらっしゃるそうです。さてこの数、多いのでしょうか少ないのでしょうか。厚生労働省の「医師・歯科医師・薬剤師統計の概況」(2022年)によると全国に精神科医は16,817名でした。ちなみにすべての「医師」を総計すると327,444名でした。

 私も児童精神科医の医師の方々と親交がありますがみなさん、素晴らしい方々ばかりです。と同時に、医療現場に相談や診療に来るお子さんやご家族がとても多く、病院によってはいま予約しても半年待ち、という状況は決して珍しくないという話も聞きます。心の病になってしまうお子さんが年々増加していると言われますが、このようなお子さんを治療することができるかもしれない専門の医師は2022年にはすべての医師のうち5%しか存在せず、需要の多さに対応しきれていません。

 そしてこのようなお子さんの中には入院加療が必要なケースもあります。医師がその必要性を判断し、お子さん自身が入院することに同意すれば家庭を離れ治療に専念する環境を提供することができます。少し古いデータにはなりますが、2009年の厚労省の資料では全国に児童精神科医の病床(入院できるベッド数)が11の都道府県に788床となっていました。最近の様々な資料でもおおむね全国で800床前後ではないかとされています。

 2025年4月1日の時点で15歳未満(児童精神科に主に入院できる年齢)の日本の人口は1366万人です。約17,000人にベッドが1つ、ということになります。しかも2009年の資料では「全国11都道府県」となっていて、47都道府県の中の11の自治体にしか入院できる病床がないことになります。都市部に病院が集中しているんですね。

 どうみても医師の数や入院できるベッドの数は少ないですね。ある専門病院のウエブサイトには「あなたもうちの病院で児童精神科医を目指してみませんか?」と医師募集を謳っていました。私は医師の養成には決して詳しくありませんが、資料によれば医科大学で医師免許取得を目指しながら、自分は何科の専門に向いているのかを考えていく、と聞いたことがあります。内科なのか外科なのか、あるいは小児科なのか。

 これも報道から知りましたが、最近の若い医師のみなさんに人気があるのは美容整形外科医であるとのこと。報道によれば「命を扱う仕事ではない」「収入が多い」などが理由とか。反面、小児科医を目指す者は減っているようです。子どもは自分の体の症状を正確に伝えることが難しく誤診につながることが多い、また内科や外科、精神科などのあらゆる基礎的な知識が必要となり、しかも少子化で収入が少なくなる傾向があるなどという理由からのようです。

 …となれば児童精神科医を目指す医学生が少なくなってしまっていることも頷けます。心の病のお子さんは他の子どもよりもさらに自らを語ることが難しいですし、場合によっては周囲の大人に敵意をむきだしにしたり、あるいは自ら命を絶つ危険性があったりし、リスクの大きな仕事になってしまいます。それだけにいま活躍されている医師のみなさんや病院のみなさんには心より敬意を表します。

 このような病院に入院するのは義務教育段階のお子さんということもあり、いわゆる「院内学級」(病気のお子さんが学校教育を受ける場所)を設けているところが多くあります。小学校1年生から中学校3年生までを対象として。先日、ゼミの学生を連れて知人が学級担任をしている院内学級を見学する機会がありました。もちろん長期休みで子どもたちがいない期間でしたが。

 知人の先生はすでに10年近くこの学級で担任を吸付けているベテランです。実は「院内学級」で仕事をしたいと希望する先生はさほど多くないと思われます。まず学級数が圧倒的に少ないです。2023年には全国で199カ所だったそうです。また、本校から離れた病院内の学級ですからいつも他の先生方といっしょに仕事ができるわけでなく、先生が孤立化しやすいのが特徴です。

さらにただ教えるだけでなく心や体の病状にも配慮する必要があり医学的な知識が必要です。管理職の先生を含め、子どもの症状について情報を共有できる医学的知識のある同僚もほとんどいません。医師や看護師とも良好な人間関係を保つことも大切です。やりがいが大きな職場ではありますが、ひょっとしたらベテランでないとなかなか難しくもある職場かもしれません。

 私は毎年必ず知人の協力を得て学生を見学に連れていくのですが、このベテランの先生は学生を「心の病のこども」に見立て、模擬授業をしてくれます。ある日突然、前触れもなく入院してくる子どもがほとんどで、心の病もあることからいきなり教科書に添った国語や算数の授業はしません。国語の時間には子ども向けの新聞記事を読み合いながら、そこに登場する地名や質量記号(dl・デシリットルなど)について他の教科書で調べさせ、社会の動きを教えながら総合的、具体的な学びを授けていくそうです。

 また最近の流行の漫画から漢字を学んだり、いまではあまり見なくなりましたがベルマークを切り取るところから手先を動かすトレーニングをしたりするなど、非常にユニークで心の病があるお子さんたちが自己否定感など負の感情を抱かない中で社会とのつながりも重視しながら教育を授けている姿勢に毎年、感服しています。

 このような教育の場があることを知らない学校の先生や保護者がまだ多いと思います。次回はもう少しこの先生の教育方針にアプローチしてみましょう。

以上