数年前、「即興演劇」あるいは「インプロビゼーション」などと呼ばれているジャンルで活躍していた役者の知人と一緒に、発達障がいがあるお子さんの表現力を高めるワークショップを大学で実践しました。ゼミの学生がファシリテーター(参加者同士の仲介を促す役割)となり、訪れたお子さんたちと半日、とても楽しい時間を過ごしました。
即興演劇のワークショップは「インプロゲーム」とも呼ばれますが、ファシリテーターの言葉に従い、参加者が複数で自らの表現力を最大限に生かしながら他者とコミュニケーションをするものです。その理念の中で私が最大に共感したのが「失敗を評価する」ことです。人は失敗することを「恥ずかしい」と感じ消極的になってしまいます。しかし、初めてチャレンジする場合は失敗することがほぼ当たり前で、逆に言えば失敗しなければ始まりません。失敗することは物事の始まりでもあり、ゆえに失敗は評価の対象になる、という理念です。インプロゲームではうまくいかなかったり躊躇したり、また恥ずかしがってしまったりしたときには参加者みんなで拍手をします。「すべてはそこから始まるんだよ!」「よくチャレンジしたね!」という温かい拍手です。素敵ですね!
参加者の一人に友だちとうまく関係を作ることができず、人とかかわる方法がいつも荒くなってしまうお子さんがいました。私はこのお子さんの様子を見ていて「友だちと遊びたいのにうまく言葉で自分の心を表現できないため、つい荒い言葉を使って興味を引こうとしてしまい、友だちが離れて行ってしまうのでは?」と推測しました。
そこでワークショップでは楽しく遊びながら、それでいて失敗を評価し、荒い言葉があればその場で優しく修正し「あなたは素晴らしい存在なんだ!」ということを学生たちが全身で伝えていきました。終了後、終わりの会で手を挙げたこのお子さんは、はにかみながら「楽しかった」と答えてくれました。荒い言葉ではなく前向きな言葉で。
私はとても感動しました。おそらくこのお子さんは学校では叱られたり注意されたりばかりの毎日だったかもしれません。そして友だちからも敬遠され、常に孤独を抱え、それがストレスにつながり荒い言葉になっていたのかもしれません。さぞ辛かったことでしょう。しかし、子どもは環境で変わることができます。学生から笑顔で励まされ、失敗しても称賛の拍手を浴び、やがて正しいコミュニケーションを獲得していくと周りに笑顔の輪を広げていくことができる。私はこの手法を「コミュニケーションスキルトレーニング」と名付け、知人の役者と今も研究を進めています。学校や放課後等デイサービスで導入できるレベルのものを開発していこうと思います。
人はだれしも「自分の思いを誰かに伝えたい」「知ってほしい」という気持ちを持っています。うれしかったり悲しかったり、寂しかったり辛かったりした気持ちを様々な方法で表現したいと考えています。それは言葉であったり文字であったり、手話であったり点字であったり、また演技であったり歌であったり、あるいは絵画であったり写真であったり、楽器の演奏やスポーツであったり。その人に応じた方法で自分の思いを他者に伝え、共感してほしい、認めてほしいと考えます。
しかし、時にその表現方法により伝えた思いを否定されたりけなされたりすると、それは「失敗体験」となり、二度と同じ思いをしたくないと考え、表現することをやめてしまいます。SNS上で繰り広げられる誹謗中傷から心を痛めてしまう方がいることはまさにその象徴です。それ以前に何らの表現方法を持たずに、あるいは自分の特性に応じた表現方法がわからずに悩みを深めている方も多いようです。前述のお子さんはまさにその一人だったと言えるでしょう。
人には言葉以外に様々な表現方法があります。しかし社会では言葉のみを重要視し、言葉をうまく用いたり発したりできない人を問題視する傾向があります。私は過去に日常会話はうまくできないが歌はとても上手に大きな声で歌うことができる発達障がいがあるお子さんと出会いました。またやはり日常会話は不得手なのに、舞台の上ではセリフ回しや表現力が凄まじく達者な方と出会いました。
その人の特性に応じた表現方法を獲得し、思いを他に伝え、伝えられた方は共感し前向きに評価する。いまの社会に欠けている要素のような気がします。そして特に障害がある方々には本人に応じた表現方法を見つけたり、伸ばしたり、獲得したりする機会が非常に少ないと感じています。
しかし、少しずつではありますが社会を見回すと以前には想像できなかった多様な社会参加の姿が見られるようになってきました。聴覚障がいのあるアナウンサー、視覚障がいのあるキャスター、身体障がいがあり車いすを利用している俳優や歌手、発達障がいがあるJ-popのスターなど。すべての人に可能性が秘められ、なりたいものになれる時代がすぐそばまで来ています。
子どものころからその能力を見極め、本人の主体性を促し、将来に目標を持ちながら自分に合った表現方法を獲得していく。レジラボが目指す「療育」の原点はそこにあります。それを形にしていくことが私たちの次の目標です。
以上