「マンガ大賞2024」を受賞した「君と宇宙を歩くために」(講談社・著者:泥ノ田犬彦さん)という作品があります。テレビ番組で紹介されたことをきっかけにして読んでみたのですが、涙が止まらなくなりました。

 学校でもアルバイト先でもうまくいかない男子高校生が、何事にもまっすぐなのだけれど周囲とのコミュニケーション不全である友人と出会い、そのまっすぐさに惹かれ自らの生き方を少しずつ見直すと同時に、友人の方も男子高校生から影響を受け、徐々に柔軟性を高めていく、という青春ストーリーです。ほかにも生きづらさを感じている周囲の様々な人間模様が描かれているのですが、登場人物が互いに影響を与え合いながら成長していく姿にはとても共感させられました。

 おそらくは登場人物たちには発達に何らかの課題があることを示唆している作品ですが、発達障害(神経発達症)のような用語は一切登場しません。特にこのまっすぐな高校生は明らかに特性を有しているのだろうと推察されますが、とにかく一生懸命前向きに生きていて、何かに躓いたり悩んだりすると落ち込んだりパニックになったりするのですが、周囲の励ましを素直に受け入れ、自分を変えようと努力します。そのひたむきさに、過去に出会ってきた多くの同様の青年たちを思い出し、彼らも学校や社会でこうやって頑張っているのだろうと考えると胸がいっぱいになりました。

 このような若者は世の中にたくさんいて、うまくいかない自分の中の何かに戸惑いながらも、みんな精いっぱい前向きに生きているのでしょう。前回紹介した「宙わたる教室」にも、そのような若者たちがもがきながら苦しみながら、一生懸命に前向きに生きようとする、そして夢や目標をもって協力し合う姿が描かれていました。そういえば偶然かもしれませんが「宙わたる教室」では若者たちをつなぐ場として定時制高校の一風変わった教員が顧問になっている科学部が舞台となっていましたが、「君と宇宙を歩くために」では主人公たちはこれも少し変わった顧問がいる高校の天文部が舞台の一つになっています。「宇宙」は夢を広げ人をつなぐ格好の舞台なのかもしれません。

 インクルーシブ教育(同じ場で学ぶ教育)やダイバーシティ教育( 多様性に配慮した教育)などという言葉が要らない時代が来ればいいのに、と思います。だってそれは人として当たり前のことだと考えるから。世界がそんな当たり前の姿に快復していく力(レジリエンス)を生み出したい、そのために少しずつ自分たちにできることから動いていく、それが私たちレジリエンスLABOの理念でもあります。

 そう、自分にできることで社会を変えていく。「あかとんぼ」の3つ目の使命はまさにそこにありました。

 当時、養護学校(現・特別支援学校)の子どもたちは家庭と学校をスクールバスで行き来する日々が当たり前で、地域との接点がほとんどありませんでした。学校の放課後には友だちと公園で遊ぶ、土日には地域の野球チームやサッカーチームで活躍する、夏休みには地元の子ども会で楽しく活動する。障がいのない子どもたちにとっては当たり前のことが養護学校の子どもたちにはできないことが多かったのです。

 子どもたちにとって子ども同士の遊びあい、ふれあいの機会は発達においてとても重要です。そして子育ては家庭や学校だけで行うのではなく、地域や社会全体で取り組むべきものです。小さいころからの地域における社会経験は子育ての重要なアイテムのひとつでもあります。残念ながら当時、多くの養護学校の子どもたちにはそのアイテムが用いられることはありませんでした。

 別の視点から見れば、地域社会の協力は子どもやその家庭を助けることにもつながります。例えば子どもが家庭から屋外へ飛び出し行方が分からなくなってしまう、ということがあります。そんな時、地域のつながりがあり、どういう子どもなのかを地域が知っていれば捜索の範囲が広がり、無事に早期発見できるということがありました。防災の観点から見れば、災害時に子どもの特性が理解されている地域では避難生活もスムーズとなり、助け合いや支え合いの風土が形成されます。

 「あかとんぼ」は2000年代初めから千葉県佐倉市の緑豊かな古民家で活動していました。古くからの地域でしたが、子どもたちを積極的に地域に連れ出し活動したので、やがて隣近所の方々から差し入れを頂いたり、イベントに招いて頂いたりし、逆に地域の方の体調不良時に送迎車でスタッフが病院に緊急搬送したりするなど支え合い関係性が生まれました。

 また佐倉市教育委員会の協力を頂き、地元の小学校の余裕教室に養護学校小学部の子どもを預かる「あかとんぼキッズ」を別に作り、小学校の子どもたちと養護学校の子どもが遊びあう「放課後のインクルーシブ」も実践しました。

 その集大成として地元の大きな音楽ホールを借り「ありがとうコンサート」を始めました。「あかとんぼ」が企画運営する有名ミュージシャンのコンサートを開催し、地域の方をワンコインで招く、という催しです。「いつもお世話になっています。ありがとう!」の気持ちを込めたこのコンサートを数年間、続けました。ある年は絵本を題材にし子どもたちが出演するミュージカルを開催し、800名が入るホールが満員となり、テレビドキュメンタリーでも紹介され、大きな反響を呼びました。

 子どもたちがスポットライトを浴びながら自分の持てる力を精一杯披露して演じる姿に観客のみなさんは感動し、保護者も我が子の晴れ姿に涙する1日でした。劇指導を通したいまでいう療育支援から、その後、子どもたちの中には言葉が発達したり表現が豊かになったり、人間関係が広がったりする効果が見られました。これこそがいまの時代でいう放課後等デイサービにおける「総合支援型」の取り組みなのかもしれません。

 「あかとんぼ」の誕生は子どもの成長を促し、保護者の人生が変わり、地域全体の障がい理解を広げました。放課後等デイサービス事業のみならず様々な福祉事業はだれのために、何のためにあるのか。その答えがここに見えてくるかもしれません。

以上