カスタマーハラスメント、略してカスハラ対策が2026年10月1日からすべての事業者に義務化されます。事業者とは「何らかの事業を行っている個人や法人」を指します。店舗、スーパー、、コンビニ、鉄道会社、学校、役所など、何らかの目的を持って継続的に仕事や活動を行っている個人や法人が事業者です。
この世の中、ほとんどすべてが事業ですよね。家事や趣味、友だちの手伝いなどは事業とは呼びません。つまり私的な行為以外はすべて事業なんです。そのすべてでカスハラ対策を行いなさい、というのが10月1日から施行される法律の趣旨です。どこの事業所でも提供するサービスに対し顧客やサービスを提供する相手が理不尽な発言や要求をしてくることはすべてカスハラです。
では様々な福祉施設において、障がいがある利用者や認知症の高齢者などがスタッフに対して有形力を行使することはカスハラになるのでしょうか。厚生労働省の「令和4年度障害者総合福祉推進事業」における「ご利用者やご家族等からのハラスメントに関する管理職向け研修」には次のような指摘があります。
「行動障害のある人のパニックが誘因となった叩く、蹴る等の行為など、ご利用者の行動の一面だけをみてハラスメントと判断するのが適切でない場合もあります」。
「職員へのハラスメントであると判断するためには、ご利用者の障害特性等を考慮しながら、その行動に至ってしまった背景やご利用者の状態等を踏まえて慎重に判断する必要があります」。
障がい児者施設における利用者からの有形力の行使は全部が全部、カスハラに該当するわけではないということです。ではカスハラでないのだとしたらなんなのか。それがチャレンジング・ビヘイビア、すなわち「対応が難しい行動」となります。これを未然に防ぐために一人一人に応じた環境を整えたり、コミュニケーション手段を複数用意したり、あるいは可能な限りストレスが生じないような予定を組んだりする必要があります。
しかし、実際に有形力の行使が起きた時、福祉施設でそれがハラスメントに該当するのかどうかを判断するのは大変難しいだろうと言わざるを得ません。スタッフの対応が悪いために起きてしまった偶発的な出来事かもしれませんし、逆に何らかの意図を持って行われたことかもしれません。あるいはパニックによるものなのかも。いずれにせよスタッフが物理的な被害を受けるとしたら、それは重大なことです。
先ほどの「ご利用者やご家族等からのハラスメントに関する管理職向け研修」資料には次のような記述もあります。「令和3年度の実態把握調査の職員向けアンケート調査では、全体の2割~4割が『ご利用者やご家族等からハラスメントを受けたことがある』と回答し、その半数程度が『誰にも相談しなかった』『内容によって相談しなかった』という結果が出ています」。人材難に悩んでいる福祉施設スタッフの大きな離職理由の一つが「ハラスメント」にあることは明らかであり、それはひょっとしたら有形力の行使だったのかもしれません。
思い出すのも辛い事件ですが、2016年(平成28年)7月26日の未明、神奈川県相模原市緑区にある知的障がい者福祉施設「津久井やまゆり園」に元職員の男が侵入し、入所者19人が死亡、職員2人を含む26人が重軽傷を負うという、戦後の日本で最悪の大量殺人事件の一つとなりました。
この加害者が後に面接で「入浴中に入所者が溺れかけた際、命を救ってその父親に連絡したところ、『余計なことをするな』『なぜ助けたのか』という趣旨の話をされた」そうです。この経験から加害者は「家族も本音では障がい者の存在を負担に感じ、死を望んでいるのではないか」「自分が代わりに実行すれば喜ばれる」という身勝手で歪んだ確信(独善的な正義感)を深めて行った、という見方があります。
ひょっとしたらこのことから「重度障がい者は生きていても不幸なだけだ」「意思疎通のできない人間には生きる価値がない」という思想が彼の中に生まれてしまったのかもしれません。裁判では、これに加えて大麻などによる精神異常作用なども犯行の背景になったと指摘されました。 この事件では当事者による直接的な有形力の行使があったわけではありませんが、保護者の一言がきっかけになったとしたら障がい児者施設におけるハラスメントや有形力の行使は非常に大きな問題を抱えているかといえるでしょう。
当事者による有形力の行使から被害を受けても事業者の判断で「ハラスメントではない」とされたらスタッフは労働災害、もしくは公務災害として補償を受けることができるかもしれません。しかし物理的な被害を受けた場合、そしてそれが度重なれば離職を選択する者が出てきてもおかしくはありません。また当事者の保証人、あるいは保護者から受けたハラスメントがスタッフの行動に影響を与える場合もあります。
繰り返しになりますが当事者による有形力の行使はすべてハラスメントに該当することはなく、おそらくそのほとんどが意図的ではないパニックによるものや彼らなりの意志表現の方法である可能性があると思います。そして国や自治体もそういうことが起きないような支援方法の確立を提唱し、応援もしています。当事者には何の罪もない場合が多いでしょう。
ではこの現象をどう考えて行けばよいのか。実際にパニックや他害がある強度行動障害がある方の施設やグループホーム利用が認められないため家族が在宅で見守るしかなく、将来を悲観した保護者が子どもを殺害してしまった、という不幸な事件も千葉県で発生しています。
この現象について社会が真剣に考えていかなければ当事者の行き場がなくなり、家族が抱え込むしかなく、施設利用が可能になったらなったで有形力の行使を受けるスタッフの離職につながり、人材不足が助長されるかもしれない。人材不足に陥った施設はさらに利用者を制限する。そしてまた利用できない方が出てくる。どこかでこの負のスパイラルを断ち切らないといけません。
20世紀、行動障害がある方々を入所させていた施設で、当事者の行動をコントロールするため必要以上の服薬をさせていた事件がありました。このような人権侵害は決してあってはなりません。ではどう考えて行けばよいのか。今後に続けましょう。