学習指導要領という言葉をよく聞かれるかと思います。ひとことで言えば「学校で子どもに教えることのガイドライン」となるでしょうか。
学習指導要領には「法的義務」があるという考え方もあれば、そうではないという意見もありますが、学校教育法施行規則では「小学校(中学校・高校)の教育課程については(中略)教育課程の基準として文部科学大臣が別に公示する小学校学習指導要領によるものとする」とされています。教育課程とは各学校で校長が決める教育方針、教育計画等のことですが、それを策定する際には必ず学習指導要領の内容に基づいて決めなければならないということです。
学習指導要領は時代の変化に応じ、概ね10年ごとに内容が改訂されます。例えば今の学校で用いられている学習指導要領は外国語教育の充実について記載されていますが、いまの指導要領は6~8年前に改訂され、実際には5年前から学校現場で導入され始めました。そう、5年前に開催が予定されていた2020東京オリンピックを念頭にグローバルな教育を充実しようと改訂されたのです。
ただ残念ながら2020年には新型コロナウイルスが世界的に蔓延(パンデミック)し、オリンピックは1年遅れて2021年の開催になり、しかも無観客開催となりました。しかし今度はこの状況を受け、次の学習指導要領ではおそらく健康・安全教育の中でも「感染症に関する事項」が重視されていくことになると思います。
このように時代の変化を受け10年ごとに改訂される学習指導要領ですが、その策定を行う機関を中央教育審議会と言います。「中教審」という言葉はよくニュースや新聞などで目にするかと思いますが、この中教審が次期学習指導要領に向けて様々な検討を進めていくことになります。
前置きが長くなり恐縮ですがここからが本題です。先日のニュースでは中教審が次期学習指導要領に「ギフテッド」に関する対応を具体的に記載する方向、と報道されていました。ギフテッドをご存じでしょうか?実はこの言葉は何らかの正式な用語ではありません。通称です。ちなみにギフテッドの意味をAIで確認すると下記のように表示されました。
「特定の分野で非常に優れた才能を持つ人のことです。知的な能力だけでなく、芸術性や運動能力など、さまざまな才能が含まれます。特別な才能を持つ子どもたちを指すことが多いですが、大人にも当てはまります」。おおむねこの通りの解釈でよいかと思います。そして次期学習指導要領では小学校や中学校で学ぶギフテッドの子どもたちに、教育課程(同学年の子どもたちは基本的に学習指導要領に示された同じ内容を学ぶ計画)に関わらず別室で大学の授業をオンラインで受けることなどを検討しているようです。
実際にギフテッドだろうと思われる子どもたちを実際に見ていると、極めて高い学力や文化的、芸術的才能を持つケースが多いのですが、同時にそれによる「生きづらさ」を抱えている子どもも多くいました。
精細な絵が得意な子どもは直観視映像といって見たものがまるで写真のように脳に記憶されるため逆に疲れてしまう、音楽的才能のある子どもは絶対音感(耳から入る音すべてに音名が浮かぶ)があるために人の声や雨音、街の騒音すべてが音符に見えてしまいストレスフルになる、そして学力が高い子どもは教室の授業がわかり過ぎてしまったり、中には教えている先生よりも高い知識があるためそれを授業で披露すると先生が「馬鹿にされた」と感じ理不尽に怒られたりするなど。
結果的にそれらのストレスや誤解、偏見などから不登校になる子どももいました。数年前、学力の高い子どもが集まるある学校で、子どもや保護者を前にしてギフテッドに関する講演を行う機会がありました。学校の先生から「ギフテッドであるために生きづらさを感じ傷ついた子どもたちやその保護者を支えるために話をしてほしい」と依頼されてのことでした。
詳しく聞いてみるとこの学校にいる子どもたちは各地域の学校で知的能力の高さから授業に参加しづらくなり不登校になっているケースが多いとのことでした。そして保護者もそんな我が子にどう対応して良いかわからず、一縷の望みをもってこの学校に子どもを入学させたケースが多いとも聞きました。
私はエジソンやアインシュタイン、ゴッホやピカソ、モーツァルトなどの例を挙げ(この偉人たちがギフテッドであったかどうかはいまはもう確認できませんが…)、優れた研究業績、作品を残した彼らは幼少期にはあなた方と同じような苦労をしたことが多く、エジソンなどは結局小学校にはほとんど通わないまま成長したが、周囲の理解や支援を受けいまの社会を支えるなくてはならない数多くの発明をしたなどと話しました。そして「あなた方は能力が高かろうがそうでなかろうが大事な子どもたち。この世に必要な存在なんだ」と伝えました。
すると子どもたちやその家族がみな泣き始めたのです。講演会終了後、あるお母さんに聞いたところ「我が子はそれまで通っていた学校から『授業を妨害する』として指導され結局不登校になった。本人も『自分は社会に必要とされていない』と感じていたが、今日初めて『必要な存在』と言われ大泣きしていた」と教えてくれました。
このような現状を知って上でのギフテッド対応を中教審のみなさんにぜひ考えていただければ、と切に願っています。次回もギフテッドについて。
以上