6月、授業が終わり研究室に戻ろうとした私を、1年生4人が取り囲みました。いえいえ、不穏な空気はありませんので安心してください!学生たちは真剣な表情で質問してきました。「知的障がいがある子どもたちは勉強を教えることによって成長していくのですか?」。誤解のないように解説しますが、この4人はいつも真剣な表情で私の授業を受けています。その中で率直に感じた疑問だったのでしょう。いずれも特別支援学校の教員を目指しこの大学に入学してきました。
「必ず成長します。23年間の特別支援学校教員生活を経て、私は間違いなくそう言えます。実際に学校での学びから人生が大きく変わった子どもたちがたくさんいました。ただし、一人一人に応じた方法で特別支援教育を行うことが条件ですが」。質問した学生たちは息を吞んで話を聞いています。私は続けました。
「あるとき、知的障害と自閉症があって、暴れることでしか気持ちを表現できないのではないかと考えられている中学生がいました。自分の意に沿わないことがあると物を投げ、ガラスを割り、室内の備品を壊し、大きなモニターテレビを持ち上げて人にぶつけようとしたこともありました。担任(私ではありませんが)は悩み、考えました。そして気づきました。この子が時々、学級文庫の本を開いて眺めていることを。ひょっとしたらこの子は文字が理解できるのではないか?そう仮説を立てた担任は、小さなホワイトボードを購入しコミュニケーション手段を文字化してみました。するとその子はすぐに反応し、自らの意志や考え、要求や要望を文字にして担任に伝え始めました。担任はやはり文字で丁寧に答え、規則やルールも教えていきました。そう、この子は聴覚を活用した情報入力に難があり、言葉による周囲の指示や注意が理解しづらかったのです。文字によるコミュニケーションで周囲の状況を理解でき、また自分の要望も伝えることができ、驚いたことにその後すぐに暴力的な行為が全く出なくなりました。家庭でも暴れることがなくなり、保護者からは感謝の手紙が担任に届きました」。
こんな話をキラキラした目で一生懸命聞いていた学生たちは感動した様子で語りました。「特別支援教育を勉強すればするほどいろいろなことが理解でき世界が広がっています。必ず特別支援学校の先生になります!」。
私の大学では、特別支援学校の教員免許取得を希望する1年生は、入学してすぐに「特別支援教育の理解と方法」という授業を受けます。特別支援教育の基礎的、基本的な知識や情報をわかりやすく学びます。2019年度から日本の大学ですべての教員免許を取得する学生が「特別の支援を必要とする幼児、児童及び生徒に対する理解」を目的とした科目が必修化されました。私の大学では小中学校等の免許だけを目指す学生は2年生から、特別支援学校の免許を希望する学生は1年生から必修となっています。
ほとんどの学生は特別支援教育がどのようなものかを全く知らずに入学してきます。特別支援学校の先生に関心を持ったきっかけを聞くと「高校生の頃にボランティアで訪問した」「小学生の時に交流学習で障がいのある子どもたちと触れ合った」「特別支援学級の子どもたちと遊ぶ機会があった」「障害のある家族がいる」などと教えてくれますが、自らが特別支援教育を受けた経験のない学生たちは、知識がほぼゼロの状態で学び始めます。
しかしそこからが本当にすごい!何らかのモチベーションがあり、特別支援教育に関心を持った学生たちは、まるでスポンジが水を吸う如く学びを吸収していきます。そして疑問を感じたことは容赦なく質問をしてきます。さらに知識を増やし、その学びを実践に移そうと放課後等デイサービスを含む児童福祉施設でのアルバイトや学校でのボランティアを始めます。そしてさらに新たな発見をし、また質問をしに来ます。このようにして千葉県や全国の特別支援学校に教員として優れた人材を輩出していきます。
知識や情報がゼロであった学生たちが4年生で参加する教育実習を終えると雰囲気が変わり、もはや学生と呼ぶより教員候補生とでも呼ぶべきでしょうか、教育について私たちと議論できるほど成長した姿を見せます。それを知っている私は新入生にこう伝えます。「今から4年間で少しずつ少しずつ『教わる側』から『教える側』に意識を変えていきなさい」。冒頭の質問をした学生たちは今後もよりいっそう「教える側」に近づく努力をしていくことでしょう。
「真実を知る・学ぶ」。それはとても大事なことです。学生たちにレポートを書かせるとみな率直に教えてくれます。「今まで障がいに対して誤解や偏見があった。しかし、学んでいくうちにその考えが間違っていたことに気づいた」。正しい知識や情報は自分たちの考え方を変え、周囲に対して適切な判断ができるよう自らを成長させてくれます。いま、SNSの世界では「フェイクニュース」が横行している、と言われています。みなさんもぜひ正しい知識や情報に触れてみてください。世界への見方が大きく変わり、人生をもっともっと輝かせて行けるかもしれません。
以上