こんにちは。特別支援教育の世界に長く身を置いてきましたが、障がいのあるお子さんへの教育で大事されていることがいくつかあります。今回から何度かに分けてそれについてお話ししましょう。
まだ若かりし頃、尊敬する先輩の一人が、校庭の隅で子どもたちが野外学習を終えた後の片付け、掃除を徹底していました。その特別支援学校は新興住宅地にあり、外部から校内が良く見渡せました。もちろん子どもたちも自分たちの学習の後始末をしっかり行っていましたが、先輩は黙々と掃除を続けていました。同僚たちは「子どもが掃除をした後に教員が掃除しなおしたら教育効果が薄れる」と冷ややかな視線を送っていました。そうですよね。子どもたちがそれなりに掃除をしたその場を、別の先生がまた掃除をしていれば子どもたちどころか先生方もいい気持ちはしないでしょう。
私は思い切って先輩に尋ねました。「先生はなぜそこまで徹底して片付けをされているのですか?」。先輩は地面をほうきで掃いていた手を止め、にこやかに言いました。「私はね、特別支援学校だからこそ余計にキレイにしないといけないと思っているんですよ」。その意図が良くつかめなかった私の表情を見て、彼は続けました。「障がいのある子どもはだらしがない、そういう子どもの教育の場も片付いていない。世間はそう考えているかもしれません。私はそれが嫌なんです。だからこそ世間が思っている以上にしっかり整理整頓し、子どもたちにも生活のスキルを丁寧に教えていきたいのです」。
それはまだ若かった私にはちょっとしたカルチャーショックでした。決して特別支援学校は汚いままでよい、片付いていないでよい、あるいは子どもたちの生活スキルを徹底しないでもよいとは私も考えていませんでしたが、それ以上に先輩は世間がステレオタイプに「障がいがあるからこうなんだ」と思い込んでいるようなことがあればそれを覆したい、覆さなければならないと考えていたのです。それはいまから30年以上も前の話です。当時の考え方としては非常に斬新だったと思います。
特別支援学級や特別支援学校、放課後等デイサービスを見学したり訪問したりすることがよくありますが、昔に比べ子どもたちの装いがだいぶ変わったな、と感じます。なぜなら昔は普段着として兄や姉の名前が縫い付けられたままのおさがりやまるでサイズの合わない大人ものと思われる服を子どもに着せて登校する姿が良く見られたからです。保護者のみなさんの心情も理解できます。「どうせ汚してくるのだから」。そう考えて汚れてもよい服を着せたのでしょう。確かに子どもたちは泥んこの中でも転げまわって遊びますから着替えはいくつあっても足りなかったかもしれませんね。
一方でこういう考えもなかったでしょうか。「どうせ何を着せてもわからないのだから」「あれを着たい、これを着たいという希望もないのだから」。私は学生にこう教えています。「障がいのない子どもにできない教育を障がいのある子どもにしない」。
ここで自分の経験を話します。「中学部の女子生徒が朝、スクールバスを降りてきて真っ先に私にハグをしてきた。言葉のない本人なりの『おはよう』の挨拶だったのだろう。特に気にすることもなく毎日その『おはよう』に応えていたが、ある日の放課後、女性の先輩教員に呼ばれきつく怒られた。『あなたは障がいのない女子中学生と学校でハグをするか」と。その時に初めて気が付いた。障がいがあるから仕方ない、と考えていた自分がそこにいたことを。障がいがある子どもにできて障がいのない子にできない教育は、それは障がいに対し差別意識を持っている何よりの証拠であり絶対にしてはいけないことである」。
最近の学校教育はコンプライアンス(法令遵守主義)が徹底されています。子どもへの人権が重視され、名前を呼ぶときにも男女問わず「さん」をつけて呼び、先生が子どもを注意する際にも大きな声など出さず、「体罰」などは論外(法律違反です!)。とても丁寧な指導、支援が行われています。当たり前と言えば当たり前ですが、特別支援学校や同学級でも同じように子どもと対応しなければなりません。障がいのない子にできないことは障がいのある子にも当然やってはいけない、それをやるとしたら障がいに対する差別意識(どうせわかならないだろう)を持っている証です。
同じことは保護者のみなさんにも言えるかもしれません。中学生や高校生のお子さんのファッション感覚について1度、考えてみませんか?着たい服があるかもしれません。やってみたい髪型があるかもしれません。似合うか似合わないかはわかりませんが、着たい服を自分で選ぶ、髪型を選ぶ、食べたいものや行きたい場所を自分で選ぶ。これは人生においてとても重要なことです。障がいがあってわからないかもしれない、と考えるのではなく、だからこそ人生に必要なことをしっかり教えていく人や場所が必要であり、それは障がいのない人以上に大切な「生きる力」になるはずです。
先輩教員の「障がいがあるから何もできないとは思われたくないし思わせたくない」。この思いを様々な保育、教育に携わっているみなさんに共有していただき、放課後等デイサービスを含めあらゆる人生経験の選択肢を提供できる貴重な場になってほしいと願っています。
以上