日本の障がいがある方々への支援は歴史上、どのように始まったのでしょう?これについては諸説があり「これが真実だ!」というものは存在しません。学校の教科書についても「実は聖徳太子は存在しなかった!」「織田信長の有名な『長篠の戦い』では鉄砲はさほど有効ではなかった!」など歴史の修正が続いています。そもそも何百年も前に起きた出来事の真実を明らかにすることは無理です。ということでここから先はあくまでも私が学んできた知識から想定する事柄として受け止めてください。
様々な文献によれば、もちろん太古の昔から障がいがある方々は当たり前に存在したわけですが、縄文時代にアジア大陸から稲作の技術が日本に入り、弥生時代になって集落を作り、協力して田を管理する中で、なかなか働くことが難しい人々に対しては、特に「不公平」ということはなく自然に食物の分配などを行っていたようです。
ただ、当時から田畑の収穫量次第で潤う集落とそうではなかった集落とで差が付き始め、収穫量が少なかった集落が潤っている集落を襲い、収穫物を奪うような行為が始まったようです。襲われる方は当然対抗手段として戦う術を整え、襲う方はその手段を凌ぐ戦闘方法を考えます。その中で戦えない者の位置づけが集団の役割の中で低くなってしまった可能性はあるかもしれません。
やがて大化の改新と呼ばれている時代の変わり目から力のある者が国を治め、庶民は田畑を耕し、漁に勤しみ、必要な物品を作り、そこで得た糧を税として納めるようになりました。そのころも国として障がいがある方々にはすでに税を納めないでよいなどの優遇措置があったのではないか、と考えられています。
誰もが子どもの頃、学校で学んだようにその後、都が平城京、平安京などに次々と置かれ、世は貴族支配から武家支配へと変わり、やがて戦国の世になります。ここで一つ興味深い話があります。貴族社会の世がいまにつながっている例です。
何度も申し上げているように、人間がこの世に誕生してきてから障がいはその歴史とは無関係ではありません。貴族社会の時代、当然、貴族と呼ばれる人々の中にも障がいがあるお子さんが生まれたり、家族が障がいを負ったりすることがありました。当時はそういう人々が家にいるとわかるのが困るのか、あるいは忌避していたのか、理由はわかりませんが、貴族の中には障がいがある人々を都に近いある場所に預ける風習があったそうです。今でいう心の病になった方がその土地に居を移す、ということもあったようです。
貴族たちはその土地の人間にある程度の金額を提供し、自らの子どもたちや親族を養ってもらうようお願いしました。土地の人間たちは収入にもなることなので喜んで引き受けました。そして貴族たちは時々その様子を見に来たり、情報をもらったりし、その行く末を案じたり、成長を喜んだり、あるいは状況が改善し始めたことを喜んだかもしれません。
21世紀になり、当時貴族が障がいがあるわが子など関係者を送り届けた場所にはいま、福祉施設や関連する病院がたくさん設置されています。貴族社会の頃からの土地の歴史がいまにつながり、多くの人々を見守る地域になっています。障がいがある子どもを持つ親の気持ち、障がいがある方の家族たちの気持ち、これは昔も今も変わらないのかもしれません。
戦国時代となり、激しい戦を繰り広げた兵士の中には心や体を病み、あるいは戦乱で身体に障がいを負い、戦のないときに従事していた農業などの元の仕事に戻れなくなった人々がいました。戦いの影響から視覚障がいや聴覚障がいになったり、心を病んでしまう者もいたようです。戦の影響で障がいを負った人々にはそれなりに支配者からの支援はあったと思います。あるいはそこから芸能の世界に身を投じた者もいたようです。
ただ、悲しい話ですが、手や足を欠損した者などにはそれなりの武器が与えられ戦闘に参加させられたと言われています。実はこれ、いまの時代につながる話です。日本の明治維新から太平洋戦争まで、病気の子どもたちには病気を治療しながら学べる特別な教育の場が与えられていました。いまの病弱教育の始まりなのかもしれませんが、その目的は極めて残酷なものでした。
当時の日本は若者に「死んで国のために尽くせ」という教育をしていました。病気の子どもたちは病気を治して戦争に参加せよ、というメッセージだったのです。おそらく少なくない子どもたちが病気を治し、戦争に参加したのでしょう。戦争は人を狂気に導きます。いつの世も変わりません。昭和に病気の子どもに教育を行うことも、戦国時代に武器を持たされた障がいがある方も、戦って死ぬ命を増やすことに目的がありました。
戦国時代が終わり260年、江戸時代が続きました。この時代にも当時の独特の障がい児者支援が行われていました。それについては次回に回しましょう。それにしてもいまもウクライナ、パレスチナなどで戦争が続いています。戦地に住む障がいがある方々やその家族は、どのような気持ちで日々を生きているのでしょう。
平和な世でなければ障がいがある方々への支援を考えることはできません。私たちもそのことをしっかり胸に閉まっておかなければなりませんね。
以上