このブログ記事を書いている少し前、文部科学省や各都道府県教育委員会が2024(令和6)年度の「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」結果を公表しました。前年度に不登校だった小中学生は35万3970人であり、過去最多を更新したそうです。35万人を超えたのは初めて、という報道がありました。
平均すれば小中学校で全児童生徒のうち3.9%、25人に1人の子どもが不登校になっている計算です。日本中の教室に最低1人は不登校の子どもがいることになります。しかし、文科省による「COCOROプラン」(誰一人取り残されない学びの保障に向けた不登校対策)や各都道府県教委による「学びの多様化学校」の設置などが功を奏し、不登校の増加率は抑えられてきているようです。
私は様々な場所で様々なご相談を受けることが多々ありますが、不登校に関する相談もかなりの数に上ります。ただ、私は障がい児教育や病弱児教育が専門であることから、不登校相談に訪れるのは「我が子にひょっとしたら何らかの『可能性』があるのではないか」と感じられた保護者の方がほとんどです。
相談者のお話を聞いていると、かなりの確率でお子さんに発達障害や軽度知的障害、または心の病(心身症やうつ病)があるのではないかと感じさせます。これまでも述べてきましたが、障がいや病気の存在に周囲が気づかぬうちに追い込まれ「周囲の期待に応えられない自分」に無力感を持ち、登校する気力を失ってしまっているのではないか、と推測される事例が数多くあります。
しかし、保護者がそこに気づきを持ち相談に訪れるわけですから、お子さんの背景にある何らかの課題についての受容も早く、その課題に早く気づいてあげられなかったと悔やみながらも不登校要因の一つが明らかになることによって目指すべき方向性を定めることができます。そして関係機関や支援団体の力を借りながら改善に向けた努力を開始することができるようになります。
8050問題(80代の親が50代の子どもを支える社会問題)に象徴される「高齢のご両親が40代、50代になるお子さんの引きこもり相談に来られる」ことがあり、成育歴や学齢期の生活についてお話を伺っているとやはり何らかの課題の存在を感じさせます。多くの方が不登校を経験し、社会に出ても不適応により就職先をすぐに辞めてしまったり転々としたりしながら次第に引きこもり状態が顕著になっていく例がいくつもあります。
それでもご両親が相談に訪れるのは「親亡き後に子どもたちはどうすればよいのか」という切実な思いを抱えていらっしゃるから(実際にみなさんがそう話されています)であり、だからこそお子さんの背景に何らかの課題があることをお伝えするとすぐに納得されます。ただその後にご両親が「あの時こうしておけばよかった」と後悔される場面も多くあるので、過去を振り返っても事態が解決することはないと説明し、いま考えられる最善の策をお伝えするようにしています。
私は様々なお子さんの不登校の背景には多様な要因が複雑に絡み合う多面的な要素が潜在していると考えています。いじめ、部活動、友人関係、「学校」そのものへの不適応、家庭の問題やその他の個人的、環境的要因が絡み合っています。そして不登校のお子さんの保護者のみなさんにはその多様な要因の一つに障がいや病気があるのではないかと考えていただきたい。そう強く願っています。
障がいや病気を早期に見つけ専門的な対応を心がければ様々な課題を解決する一助になるかもしれません。そして私の経験からいえばその見極めが早ければ早いほど予後は良好です。例えば不登校状態にあった小学生が自らに学習障害(限局性学習症)があったことを知り「自分が漢字の読み書きが苦手だったのは自らの責任ではなく障害が原因だったのか」と知り胸をなでおろし、その後に特別支援教育を受けながら自信を回復して夢や希望を持ち社会へ巣立っていった例がありました。
保護者のみなさん自身が「障がい」や「子どもの心の病」について事前の情報を持ち合わせていないことがほとんどかと思います。だからこそお子さんの不登校の「可能性」の選択肢として気づかないのかもしれません。学校教育で積極的に障がい理解を学ぶ機会がなかったかもしれません。障がい等を正しく学ぶ機会を持たずメディアやSNSからの情報だけで判断すると、それはネガティブなものであり自分には関係のない世界であると認識するかもしれません。
私たちは高齢になれば体や心を若いころのように自由に開放することが難しくなることが多いと思います。医療や介護、それらを支える機器の支えを受けても100%の自由は戻りません。それは「障がい」ではないでしょうか?先ごろ亡くなられたこの国を代表するプロ野球選手は高齢になって病を経て、杖を突きゆっくりとした歩みで何度もオープンな場に登場し私たちを惹きつけました。その姿には現役時代の雄姿を彷彿とされる神々しさがあり、彼の素晴らしき精神に私はただただ圧倒されていました。
障がい等は誰にでも身近なものであるからこそみなで共に考え、みなで正しく理解し、みなで支え合う社会にしていけば、不登校だけでなく様々な教育課題、社会課題を解決していくヒントになっていくと私は信じています。
以上