知的障がいサッカーを語る前に、改めて「知的障がい」とは何かを考えてみましょう。
この言葉、いまでは国際的な診断基準に則り「知的発達症」と言い換えられています。同じく「発達障がい」は「神経発達症」となっています。英語ではそれまで「障がい」を「disability」と表記していましたが、単語の最初に「dis」は付いている言葉は否定を意味する場合が多いようです。「agree(同意する)」に対し「disagree」は「同意しない」「反対する」になるように。
英語で「ability」は「能力」という意味ですが、ここに「dis」が付くと「disability」となり「無力」「能力がない」ことを指し、最近まではこの英単語が「障がい」を意味するように使われていました。つまり「障がい者」は「能力がない者」ということを言葉自体が示していたのです。
言葉から見直そうという動きが始まり、欧米では障がいを「disorder」と表記し始めています。これは「能力がない」ことを示す「disability」よりも深刻ではない「不調である」「乱れている」ことを示す目的で使われ始めています。条件によっては「~症」「~疾患」と同意で使われる場合もあり、21世紀は「知的な能力がない」と誤解されかねない「知的障がい」という言葉が国際的には知的発達症に言い換えられてきています。しかし、残念ながら日本では国際的な診断基準を国が公式に承認していないのでまだ言い換えが進んでいません。
また知的障がいという言葉が日本のあらゆる社会に浸透しきっているので、病院などでも対外的にはこの言葉をまだそのまま使っているところがあるようです。このコラムでも読者のみなさんにわかりやすく伝えるために知的障がいという言葉をそのまま用いていますが、世界は変わってきている、という事実はみなさん、覚えておいて頂けると幸いです。
厚生労働省は知的障がいを「知的機能の障害が発達期(おおむね18歳まで)にあらわれ、日常生活に支障が生じているため、何らかの特別の援助を必要とする状態にあるもの」(独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機HPよりそのまま引用)と説明しています。私は教員を目指す学生に「知的な発達がゆっくりな人たち」と伝えています。このような人たちは「特別な援助」をすればそれでいい、と誤解されないよう「教育を施すことによって必ずゆっくり成長していく」と理解してもらいたいためです。
知的障がいがある方々には各々の発達の段階により軽度と言われるものから重度と言われるものまであります。中でも軽度の知的障がいがある方は社会に潜在している場合があり、本人も周囲もそれに気が付いていないことがあります。学校や職場にいて友だちや同僚とのコミュニケーションには何ら問題なく、社会生活にも特に不便は感じないのですが、知的な活動(勉強や仕事)面で評価を得られることが少なく、むしろ日常の行動と比較され「ほかのことはできるのに勉強しないから成績が悪い」「仕事に取り組む姿勢に問題がある」と誤解され、周囲から叱責されたり嘲笑されたりし、次第に自己否定感を高め学校や職場から遠ざかるようになります。
その結果、教育問題や社会問題と密接に関連することになり、社会から離れていきます。小中学校の先生方への研修会などではできるだけ早期にこのような子どもたちの特性に気づき、その子に応じた教育を行う必要性をお話ししています。しかし、先生方がその可能性に気づいても保護者に伝えることは難しく、放置されてしまうこともあります。それだけ知的障がいに対する誤解や偏見には根深いものがあります。
その根深い誤解や偏見の一つに「知的障がいがあると何もできない」という誤った理解があります。障がいの有無にかかわらずすべての人間に得意な面があれば不得意な面があります。知的障がいがある方の中にも芸術には素晴らしい才能を発揮したり、一つのことに集中して取り組む力が秀でていたりする方がいます。運動面でも全く同じことが言えます。もし知的な障がいがある方が運動が不得手というなら、その方に応じた方法で指導をしていけば飛躍的に成果が上がるかもしれません。
いつから、何がきっかけで知的障がいの方々のサッカー競技が奨励され始めたのか、今の時点では私はまだはっきりとしたことはわかりませんが、間違いなく言えるのはここ10年ほどでそれはとても推進されてきているということです。2016年、日本知的障がい者サッカー連盟が設立されました。同連盟のHPを見るとその活動の幅に驚かされます。知的障がいがある方の男女のサッカーだけでなくフットサルの振興にも力を入れている団体です。
知的障がいサッカーやフットサルの普及だけでなく若手の育成、各地での指導者養成やサッカー教室の運営、特別支援学校全国大会の運営などにも関わっています。詳しくは同連盟のHPをご覧いただければと思います。
日本知的障がい者サッカー連盟(JFFID) https://jffid.com/
Jリーグに所属するチームにも傘下に知的障がい者のクラブチームを作っていたりサッカー教室を開いたりしているところが増えています。大事なのは先にもお伝えしたように彼らの能力を最大限に延ばすことができる教え方、指導方法なのだろうと思います。それはまさに特別支援教育の考え方です。「一人一人に応じた指導方法」を用いれば彼らの得意な部分を伸ばし、能力を開花させることができるかもしれません。
障がいがあろうとなかろうと、周囲のかかわり方や教え方、本人の学び方ひとつで得意なこと、好きなことを見つけ、それを生きがい、やりがいにして豊かな人生を送る。それが可能な社会を作ることが私たちの使命だと思います。知的障がいサッカーは数ある「生きがい」の中の選択肢の一つであり、ぜひ多くの方に関心を持ってもらいたいと思います。
以上